今年は、私が経験し、印象に残った年金事例を一つのストーリーとして記していくことにします。あやふやなところや、つじつまが合わない個所があるかもしれませんが、ご容赦ください。
読んでくださった皆さんが、年金を通して様々な人生に触れ、自分なりに感じてくださればいいかなと思います。
これから紹介する女性の生まれた家は、70年以上前のことになるのですが、裕福な呉服屋さんで、何不自由なく暮らしていたそうです。成人するまでお茶やお花などのおけいこ事に励み、実に身のこなしの上品な和服がとても似合う女性でした。結婚に際し、夫に婿養子となってもらい、2人の娘も誕生、5〜6年は幸せな暮らしが続いたとのことでした。
ところが、時代の波で和服の需要が無くなり、お店は瞬く間に傾き、膨大な借金を抱えこみ倒産してしまいました。夫は借金取りの攻勢に耐え切れず、自死をしてしまったのです。残された妻と娘たちまで、借金取りから食い物にされるのを心配した親族が、当分の間姿をくらますように指南したそうです。
そのため、この女性は、幼い娘2人を連れ夜逃げ同然に故郷を出ていきました。名前や生年月日を変え、旅館の中居をして娘2人を育てたそうです。社会保険に加入し、10年20年と働き続け、旅館からホテルへと勤務先は変わりましたが、本来の素養や品の良さから経営陣に引き立てられ、一流ホテルの従業員のマナー講師となり、60歳過ぎても立派に自立して生計を立てていました。
40年ほど前のことですので、会社も当時の社会保険庁も社会保険に加入するのに今ほど厳しくはなかったのです。勤務先に実年齢より5歳ほど若く伝え、偽名で加入していました。
ところが、60歳代後半になり、そろそろ退職時期や老後の生活のことを考えないといけない時期になってきました。勤務先のホテルには相当恩義があります。だけど、いまさら「偽名で勤めていました」とか「年を5歳サバよんでいました」とか言えません。かといって年金がもらえないのも困ります。
この女性は、住民票はありましたが、親族から失踪宣告を出され戸籍が抹消されており、なかったのです。最終的には弁護士に依頼し、家庭裁判所で戸籍の回復をしてもらいました。その際には、半世紀ぶりに偶然にも出会った親族に証人となってもらったようです。
同時に年金記録を正しいものに訂正し、無事に年金も受給することができました。5歳サバを読んでいたせいで、まとまった金額の年金が振り込まれたようですが、健康保険は、5歳サバを読んでいたせいで、まとまった国民健康保険料を払わなければならなったようです。
彼女が一番心配していた勤務先には、正直に事情を説明したところ、咎められなかったということでした。
回答者 特定社会保険労務士 堀江 玲子
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