【事案の概要】
婚姻後50年ほど経過した夫婦ですが、夫のDVにより死亡直前に1年半別居しており、生活費のやり取りがありませんでした。遺族厚生年金を受け取るための条件「生計同一・生計維持要件」を満たしていないとして、妻の遺族厚生年金の請求を保険者である日本年金機構が認めなかった再審査請求案件です。
【問題点】
妻は夫からの暴力を逃れるため住所が別になっていました。保険者は、この妻は死亡当時夫から生計維持されていた妻ではないと主張。その判断が正しいかという点です。
【生計維持の認定基準】
生計維持認定対象者が死亡した者の配偶者であり、住所が死亡者と住民票上異なっている場合に死亡者による生計維持関係が認められるには、次のいずれかに該当する必要があります。
〇現に起居を共にし、かつ、消費生活上の家計を一にしていると認められるとき
〇単身赴任、就学又は病気療養等のやむを得ない事情により住所が住民票上異なっているが、次のような事実が認められ、その事情が消滅したときは、起居を共にし、消費生活上の家計を一にすると認められるとき
(ア) 生活費、療養費等の経済的な援助が行われていること
(イ) 定期的に音信、訪問が行われていること
【検討】
今回のケースでは、死亡者の暴力により妻は家を出ていることから(ア)(イ)の条件に当てはまりません。しかし、最終的な判断として「これにより生計維持関係の認定を行うことが実態と著しくかけ離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くこととなる場合は、この限りではない。」として生計維持関係を認めています。
しかも、妻が逃れたのは、生命・身体に明白かつ現在の危険を感じるのに十分な夫からの暴力又はこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動によるものである。配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律第1条の配偶者からの身体に対する暴力等による被害を回避し、その暴力等からの保護を求めるための別居であったと認めることができるとしています。
そして、その別居期間は50年近い婚姻期間の内の末期の1年数か月に過ぎず、警察署の保護を受け、その後女子センターに入所しています。この状態は、別居の状態は固定化しているとは言えず、生計維持関係は流動的であったとみることができるとしています。
【結論】
本件においては、いまだ請求人と亡Aの生計維持関係は失われていないものと認めるのが相当であり、上記認定基準の(ア)(イ)に当たらないことをもって、生計維持関係を否定することは、実態と著しくかけ離れたものとなり、かつ、社会通念上妥当性を欠くと言わなければならないとしています。ですから、遺族厚生年金を払わないとした原処分は不当だと結論付けました。
回答者 特定社会保険労務士 堀江 玲子
|