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福岡!企業!元気!のためのワンポイントQ&A 《令和6年11月号》
職種限定契約は明確に
  質 問

【質問者】
運送業(正社員40 名)

【質問内容】
 当社は、運送業を営む株式会社です。従業員の多くはドライバーです。その他の職種として、営業と事務が数名ずつ在籍しています。
 先日、勤続10 年のドライバーが、交通事故(正面衝突)のため大けがをしてしまいました。事故自体は、相手方のセンターラインオーバーが原因で、従業員に過失はありません。ただ残念ながら、腕と足に後遺症が残り、医師の診断によるとドライバー業務については労務不能、事務職は可となってしまいました。
 本人は、症状固定し、休業補償を受けられなくなる日から職場復帰を希望しています。しかし、当社就職以前も含めてドライバー業務一本で、営業も事務も未経験です。
 さらに言えば、伝票に記入する簡単な漢字も書けないなど、事務的な能力は全く期待できません。本人も生活のため賃金を得る必要があるから職場復帰を希望しているだけで、「営業は無理、事務もやりたくない」とまで言っています。
 会社として、無駄に給与を支給するゆとりはありません。かといって、本人は10 年間大きな問題を起こすことなく勤務してきた功績があり、事故自体も本人に非がなく、できることはしてあげたいと考えています。そこで、ドライバーと事務とでは給与は2倍くらい違うので、事務の給与を提案しました。すると本人は、それでは生活できないので今までの給与額を保障して欲しいと懇願するのです。
 就業規則では、職種異動させることがあると規定しています。過去にドライバーから営業に異動させた例があります。稀なケースです。10 年前の本人との雇用契約書には、職種の異動については何もなく、単に「職種:ドライバー」とだけあります。当社として、ドライバー給与を支給しながら事務職(しかも能力的に全く期待できない)をさせるわけにはいきません。そこで、いったん就労不能のため解雇し、その上で改めて事務職として採用しようかと考えています。法的に大丈夫でしょうか。

  回 答

【職種限定の有無の明示】
 令和6 年4 月より、雇用契約書に「職種の異動の有無」と「勤務地異動の有無」を明示しなければならなくなりました。しかし10 年前は、当然このような明示義務はありませんでした。逆に言えば、職種限定の有無が労働紛争の原因となるケースが目立つため、令和6 年4 月よりこのような明示義務が課されるようになったと言えます。
 貴社の今回の場合も、雇用契約書に職種限定に関する記載はないようですね。
 もう一つの判断材料として、就業規則の規定があります。貴社の場合、職種が限定されていないことが規定されています。言い替えると、「職種異動あり」ということです。問題は、職種異動ありの場合、@従業員がドライバー業務・就業不能、事務職・就業可能である場合、異動させて雇用維持させなければならないかどうか、A雇用維持させなければならない場合は賃金額も維持しなければならないかどうか、の2 点に絞られます。

【片山組事件】
 有名な最高裁判例として、片山組事件(平成10.4.9 判決)があります。建築現場監督業務に長年従事した労働者が、疾病のため就業できなくなった事案で、最高裁は、職種限定のない雇用契約は「配置される現実的可能性があると認められる他の業務」が可能であれば賃金請求権を失わないと判示しました。簡単に言えば、ドライバー業務ができなくても、事務職ができるなら異動させよというものです。
 貴社の場合、解雇すれば解雇権濫用として解雇無効とされ、従来の賃金のまま事務職を、という話しになりそうです。

 ※ 給与規程等でドライバーの給与額・事務職の給与額が明確に規定されている場合は、事務職給与水準とすることが可能かもしれません。ただ、職種毎の給与額を明確に規定・周知させている例はなかなかありません…。

【本人と協議】
 貴社の状況も理解できます。本人も、単に生活のため給与を得たいというだけのようです。お互いに話し合って、賃金について事務職以上・ドライバー未満の範囲のどこかで合意することが今回の妥協点のように思われます。
 仮に本人が強行に従来の給与のままを主張する場合は、事務職に異動させ、その能力が著しく欠けて向上の見込みもない状況を確定するにいたって解雇を検討することになるかもしれません。この場合、解雇に至るまでの間、他のドライバーや事務職にも何らかの支障・迷惑もかかります。やはり今回話し合って妥協点を探ることが、相互の幸せだと思われます。
 ちなみに今後の対策として、雇用契約書に職種限定(職種異動なし)と明確にするだけでなく、就業規則でもドライバーが職種限定である旨明確に規定することが考えられます。

回答者  特定社会保険労務士 安藤 政明

人事労務全般、就業規則・諸規程、監督署調査、労働紛争、社会保険、労災、給与計算、契約書
安藤社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士・行政書士・一級FP技能士/CFP 安藤 政明
特定社会保険労務士・第二種衛生管理者 箭川 亜紀子
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TEL 092-738-0808/FAX 092-738-0888/
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