1 労働事件における和解について
前回までに民事裁判における和解の説明をしました。たとえば、貸金返還請求で、黒か白か、100対0といった判決ではなく、リスク回避の意味で和解をするという選択が考えられることになる、ということがあります。
これに対し、労働事件の類型で多い解雇の無効を訴える訴訟においては、敗訴リスクとは異なる考慮がなされます。
一度解雇になった従業員は、会社に対して復職を求めて裁判を行いますが、よほどの大企業でもない限り、実際には会社と当該労働者の信頼関係は双方に無いでしょうから、職場に居場所が無いことになります。解雇時点でも信頼関係は無いのでしょうが、裁判ではお互いの悪いところを指摘することになりますので、余計に感情的になり、信頼関係は喪失されることになります。
こうなると、仮に解雇が無効であると判決を得たところで、本人の復職が事件の解決として望ましいのかというと、到底そうは思えません。
そこで、一定の解決金を支払うことで、職場復帰をしないことを前提に和解が考えられることになります。
2 和解相場
では、和解となれば、いくら支払うことになるのでしょうか。
ここでは敗訴リスクとの兼ね合い、判決となった場合との損得の問題を意識することになります。仮に、解雇が有効となりそうであれば、会社にとってはお金を支払う理由はないのですから、会社のメリットとしては、早期解決によって紛争から解決できるという点になります。
この場合には、会社は高額な和解金の支払いには応じられないことになります。
一方で、解雇が無効となる場合には、会社は一度解雇をした従業員に再度賃金を支払い続けることになるのですから、従業員も安価な和解には応じるつもりはない、という話となります。会社も敗訴して多額の金銭を支払い、かつ、会社に当該従業員が残ることは避けたいところです。
こうして、和解金の合意形成がなされるのですが、一般的には、上記の事案の状況によって給料の○ヶ月分相当額ということで合意がなされます。具体的には、3カ月から24ヶ月程度の例がほとんどだと思います。この幅は、上記の敗訴リスクをどちらの当事者が深刻にとらえるか、という問題となります。
3 和解額における支払い能力と回収時期(回収のリスク)
もう一つの考慮要素として、判決を得た場合には、相手方に強制執行をしなければいけませんが、これは相手方の財産を探す必要がありますし、相手方に財産が無ければどうにもなりません。また、控訴されれば、それだけ回収時期は延びます。その間に会社の経営状況が悪化するかもしれません。
そこで、相手方が早期に実際に支払うのであれば、多少減額しても、確実な回収を優先することが考えられます。また、労働者にとっても早期に一定の金銭を確保できることになります。
労働事件であっても、相手方が会社だからといって経営状況がいいとは限りません。早期に解決できるのであれば一定の減額に応じる、ということも考えられるのです。
4 まとめ
このように、和解は様々な要素でそれぞれの事情、思惑が交錯して条件を探ることになり、合意に達することになります。
私見ですが、労働事件で和解をすることは、双方にメリットのある場合は多いのではないかと思います。
経営者にとっては、なぜ解雇をした者に支払いをしなければいけないのか、と思われることも多いでしょうが、法律の面から合理的に考えてみると、和解がベストな選択となる場合が多いのも事実だと考えます。
回答者 弁護士 小川 剛
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