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福岡!企業!元気!のためのワンポイントQ&A 《平成28年12月号》
持病持ちと過重労働
  質 問

【質問者】
印刷業(正社員 20 名、パート 5 名)

【質問内容】
 当社は、印刷業を営む株式会社です。先日、正社員の一人が休日の朝自宅で突然倒れ、何とか命はとりとめたものの、未だ就業可能な状態への回復には至っておりません。話しによると、職場復帰できるまで半年以上かかりそうです。
 倒れた正社員は、元々持病がありました。健康診断でも毎年異常の指摘を受けていました。それでも仕事をすることには支障はなく、他の正社員と同様に働いておりました。本人がどの程度病院に通っていたか等は知りませんが、少なくとも今回倒れることになったわけですから、症状として良い状態ではなかったのだろうと思います。
 ここで相談です。元々持病がある社員が、休日に自宅で倒れたわけですから、完全に個人的な病気であって、会社が責任を問われることなど夢にも思ったことはありませんでした。それが先日、本人の妻から「労災にならないか」と相談があったのです。
 労災とは、仕事上の怪我等が基本ですが、最近はパワハラとか過重労働でうつ病になったときも対象になるような話しを聞いたことがあります。それでも、今回のケースは、元々持病がある者が、その延長線上で倒れたもので、うつ病でもありません。しかも倒れたのも仕事中ではない休日に自宅での出来事です。労災になる可能性は全くないと考えていますが、間違いないですよね。
 ちなみに、少しだけ気になっているのが、労働時間です。本人も他の正社員と同様に、繁忙期は毎日深夜まで仕事していました。倒れた直前の 2 カ月間は、いずれも残業時間は 80 時間を越えていました。

  回 答

 【私傷病と業務災害】
 業務災害とは、業務起因性及び業務遂行性が認められる怪我、疾病等をいいます。逆に言えば、業務起因性や業務遂行性が認められない怪我、疾病等は、すべて私傷病ということになります。業務災害であれば、仮に本人の不注意等が原因であっても事業所が災害補償をする義務を負います。私傷病であれば、本人の個人的な病気なので、端的に言えば自己責任です。

 【業務災害】
 業務災害と言えば「仕事中の不意の怪我」が代表的なイメージです。しかし、いわゆる職業病のような疾病も、業務災害に含まれます。さらに、過重労働に起因する疾病や、ハラスメントを受けたため発症した疾病も、業務災害とされます。
 貴社の事案は、もともと本人に持病があって、その持病が悪化したもののようです。
 この場合、原則として私傷病であり、業務災害にはなり得ないはずです。しかし、次のような裁判例があります(川口労基署長事件、東京地裁平成 27.4.16 判決) 。

 ・ 死亡当時、複数のリスクファクターを有していたが、この場合でも、80 時間基準を満たすような長時間労働が本件疾病の発症を高める要因であることには変わりはない。
 ・ 健康上の理由による就労制限を受けていたとの事実は認められない。
 ・ 本件疾病の発症は、複数のリスクファクターの存在による発症リスクが、長時間労働によってさらに高まったものとみるべきである。
 ・ 従って、本件疾病の発症は、リスクファクターの存在にかかわらず、業務起因性を認めるのが相当である。

 リスクファクターとは、疾病を発症する危険性を高めるリスクのことをいいます。
 今回の場合、もともと持病があったことが当てはまるかと思います。この裁判例の判断に従えば、仮に持病が悪化した場合でも、長時間の過重労働によってさらに発症リスクが高まるのだから、業務災害にあたるという考え方になってしまいます。

 【労働基準監督署の労災認定】
 労災に当たるかどうかは、まずは労働基準監督署が判断します。仮に労災認定されなかった場合、請求者が不満に思えば労働保険審査会に異議申立ができます。これでも認定されない場合は、訴訟となります。紹介した裁判例も、この流れで裁判になって初めて労災認定されたものです。
 貴社の場合、時間外労働の実態から、労災認定される可能性は高いと思われますが、断定的な判断はできません。労災申請は本人申請が可能ですから、会社が協力するかどうかは会社の判断となります。微妙な判断になるかと思いますが、今後のことも考えて、慎重にご検討いただきたいと思います。

回答者  特定社会保険労務士 安藤 政明

人事労務全般、就業規則・諸規程、監督署調査、労働紛争、社会保険、労災、給与計算、契約書
安藤社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士・行政書士・一級FP技能士/CFP 安藤 政明
特定社会保険労務士・第二種衛生管理者 箭川 亜紀子
810-0041福岡市中央区大名2-10-3-シャンボール大名C1001
TEL 092-738-0808/FAX 092-738-0888/
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