そこが知りたい!労働法

                     前へ<<               >>次へ
福岡!企業!元気!のためのワンポイントQ&A 《平成29年7月号》
完全歩合制と本人の勝手な労働時間
  質 問

【質問者】
 販売業(正社員 10 名、契約社員 10 名)

【質問内容】
 当社は、販売業を営む株式会社です。正社員 10 名は事務職 2 名・営業職 8 名で、契約社員は全員営業職です。営業職は、最初は契約社員として雇用し、一定水準の営業成績を達成すれば正社員になれますが、未達成のまま契約期間を迎えると、更新しないしくみです。営業職の給与は歩合給の割合が大きく(ほぼ完全歩合制)、成績が良い者は月給 100 万円を越えることもあります。さらに別途賞与も成績に応じて支給します。逆に成績が悪い場合は、固定月額 20 万円だけで、賞与もありません。
 以上の通り、営業職は成績がすべてです。当社から特に残業を命じたり休日出勤を命じたりすることはありません。しかし、営業職本人にとっては、成績で給与が増えるため、自発的に夜遅くまでお客様訪問したり、休日対応したりしているようです。それが、最近問題が生じました。契約社員が成績未達で退職するにあたり、在籍期間 1 年間の残業代を請求してきたのです。本人が言うには、毎日休み無しで平均 12 〜13 時間は働いたとのことです。1 カ月あたり 200 時間の残業で、1 年分で約 350 万円を請求してきました。既にお話ししましたとおり、営業職は一定水準を超える成績に応じて歩合給を支払うのですが、この契約社員は成績は最低で、一度も歩合給が発生したことがありません。つまり、毎月の固定 20 万円の負担だけでも当社は大赤字なのです。それにもかかわらず、さらに残業代を支払えとはあんまりです。
 当社は、平日 9 時〜 18 時で、土日休みです。祝日がある場合は、その週は土曜は出勤となります。タイムカードはなく、営業日報で管理しています。営業日報には、確かに夜の時間や休日についても記載があります。しかし、これらはすべて直帰だったり直行直帰だったりで、本人が勝手にどのようにでも書くことができます。

  回 答

 【労働時間把握義務】
 労働時間とは、実際に労働しているかどうかを問わず、会社の指揮命令下にある時間とされます。そして、会社は労働者の労働時間(始業時刻、終業時刻等)を把握する義務があります。把握の方法として、会社の管理者が直接現認する方法、タイムカード等の客観的記録を基礎とする方法、自己申告による方法があります。貴社の場合、直行直帰で直接現認できませんし、タイムカード等もありません。営業日報に記録された時間をもって自己申告とみなすことになるものと解されます。

 【勝手な残業や休日出勤】
 今回大きな問題となっているのが、本人の勝手な判断で行われた(とされる)時間外や休日労働に対して残業代の支払いが必要かどうかという点です。
 本来は、労働契約で定められた所定労働時間が決まっているわけですから、本人が勝手に所定労働時間を越えて労働をする権利はありません。もしこのような権利が認められるのなら、労働者は残業代を稼ごうと思えば自由自在に稼ぐことができてしまいます。従って、会社が全く知らないところで本人が勝手に残業し、後日突然「実は残業していた」と請求されても、これを支払う義務もありません。
 しかし、貴社のケースは、営業日報で少なくとも夜遅かったり休日勤務していることを知りつつ、これに異議を唱えていないという問題があります。労働法の運用は、このようなケースに対し、「会社が黙認した」と考える傾向があります。即ち、日報で自己申告した労働時間に対し、会社は異議を唱えなかったのだから、それは労働時間であるという考え方です。とんでもない!と感じられたと思われますが、労働法は労働者の保護だけを目的としますから、このような流れとなるわけです。
 以上から、具体的な金額は別として、残念ながら法的に残業代を支払わせられる可能性は非常に高いと考えられます。

 【予防の観点から】
 今回の件は、特に成績も最低の赤字労働者からの請求だけに、納得がいかないお気持ちはわかります。しかし、労働法の前では、本人の成績は全く無関係に、労働時間しか基準にならないことは認識しておかざるを得ません。
 今後二度とこのような請求を受けないためには、労働時間を管理し、残業代が生じないようにする必要があります。どうしても残業が必要な場合は、事前許可を受けた場合に限って認めるとか、どうしても休日出勤が必要な場合は、振替休日を設ける等です。また、ほぼ完全歩合の営業職ですから、歩合給の計算方法に、どれだけの労働時間を要したかによって多少変動するしくみを検討するのもよいかもしれません。いずれにしても、労働時間把握義務を認識・運用し、時間外に対しては成績と無関係に残業代を支払わざるを得ない前提で、物事を考える必要があります。

回答者  特定社会保険労務士 安藤 政明

人事労務全般、就業規則・諸規程、監督署調査、労働紛争、社会保険、労災、給与計算、契約書
安藤社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士・行政書士・一級FP技能士/CFP 安藤 政明
特定社会保険労務士・第二種衛生管理者 箭川 亜紀子
810-0041福岡市中央区大名2-10-3-シャンボール大名C1001
TEL 092-738-0808/FAX 092-738-0888/
                     前へ<<               >>次へ
>>そこが知りたい!労働法リストに戻る