【固定残業代の原則】
固定残業代を設定して運用すること自体は、これまでの裁判例から明らかに認められています。問題は、「きちんと固定残業代として運用されているか」という点です。
一般に、次の諸要件を満たしていることが最低限必要とされています。
@就業規則に定めがあり、個別雇用契約書等に明示されていること
A基本給や諸手当と明確に区分されていること
B毎月固定額の支給を保障していること
C実際の残業代を計算し、固定残業代を超過したときは差額を追加支給していること貴社の場合、お聞きしている限り、ABは満たしていると思われます。@については労働者と協議して導入されたようですから、問題ないと推測します。Cについては、推測ですが、「実際の残業代が固定残業代を超過したことがない」というのが実態ではないでしょうか。
【妙な争点】】
悩ましいのがCです。労働基準法において、時間外労働は時間外協定で定めた時間数が限度とされます。原則月 45 時間・特別延長 100 時間未満です。ということは、毎月支給する固定残業代が月 100 時間以上相当だとすれば、明らかに過大です。厳しく言えば、月 45 時間分を越える固定残業代の設定も、毎月支給する以上は微妙かもしれません。
貴社の場合、残業 60 時間分というちょっと多めの設定が少し気になります。それも、当該労働者の実態が 15 時間程度だったので、過大です。客観的にみたとき、「最初から残業代を支払わない目的で固定残業代を設定したのではないか」と考える裁判官もいるのではないかと感じるところです。
【払うべきか】
正直なところ、裁判になった場合、どう判断されるか微妙な事案だと思います。貴社は他の労働者を含めて、実際の残業時間に応じた残業代が、固定残業代を超えたことがなく、超過残業代を支払った実績がないものと思われます。裁判官からみて、マイナス材料になると考えます。
一方で、当初労働者と協議して導入されていることから、今回の退職労働者も自ら合意していたことが推測されます。そうであれば、この合意が有効とみなされ、固定残業代が有効と判断される余地はあると考えます。
支払うべきか…、以上の内容や、その他の諸事情を総合的に検討して、最終的には経営判断していただくしかありません。
ただ、対応は支払う、支払わないという両極端の二択とは限りません。本件は、相手方にとっても、裁判の結果ゼロとなる可能性もあるわけです。貴社の主張を相手方代理人に伝え、「約 80 万円でなく○万円で手を打たないか」という投げかけをしてみるという選択肢も考えられます。
回答者 特定社会保険労務士 安藤 政明
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