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福岡!企業!元気!のためのワンポイントQ&A 《令和4年2月号》
退職勧奨と賃金減額
  質 問

【質問者】
販売業(正社員 20 名、パート 3 名)

【質問内容】
当社は、販売業を営む株式会社です。従業員の業務内容は、主に販売職と事務職です。販売職のうち 1 名、極端に能力的な問題がある従業員がいます。勤続年数 20 年になる者で、当社が悪いのですが毎年昇給をしてきた結果、当社の中では高給取りになっています(月額 38 万円)。当然他の従業員からも、給与不均衡の不満が生じています。しかし、給与不均衡の前に、この従業員のため尻拭いをさせられる周囲の従業員からは、解雇して欲しいという要望も複数出ている状況でした。
しかし、能力的にはかなり問題があるものの、人間として悪い者ではありません。解雇できないか専門家に相談したところ、少なくとも懲戒解雇されるような悪いことはしていないし、能力不足を理由とする解雇は難しいと言われました。結論として、退職勧奨することになりました。
退職勧奨したところ、本人は素直に自分の能力不足を認め、迷惑をかけて申し訳ない旨を述べましたが、子供もいるのでなんとか続けさせて欲しいと頭を下げます。社長である私も可哀想になりますが、他の従業員との均衡もあるため説得を続けました。すると、本人から給与が下がっても良いから続けさせて欲しいと懇願されました。どのくらいの額を考えているか聞いたところ、月額 25 万円で良いと言うのです。
正直 25 万円分の能力もないのですが、悪い人間ではないし、他の従業員にも説明がつくのではないかと感じたところです。本人には、ちょっと検討するからと言って話しを終えました。ところで、給与の大幅な減額は認められないとも聞いたことがあります。この申出を受けても良いものでしょうか。

  回 答

【退職勧奨】
退職勧奨とは、退職をお奨めすることをいいます。退職勧奨に対し、本人が合意することで退職が成立します。合意しなければ、成立しません。貴社の今回のパターンでは、本人が退職することには全く合意していませんので、退職は成立していない状態ということになります。

【賃現減額】
賃金減額も、少し退職勧奨と似ています。原則として、両当事者の合意を前提として、減額できるとされているのです。もっとも、賃金減額の高度の必要性があって、減額後の額が妥当で、労使協議等を経てなされた減額である場合などは、合意がなくても認められることもあります。ただ、賃金の額は、労働契約の重要な契約内容の一つですから、原則として一方的にな変更はできないと考えておく必要があります。

【今回のケース】
今回の貴社のケースは、退職勧奨は成立していませんが、賃金減額なら退職させなくても良いとお考えかと推測します。少なくとも賃金減額は本人が言い始めてますし、貴社が認めることで合意も成立しそうに見えます。しかし、注意しておきたいことは、裁判所は「合意」が「自由意思に基づくもの」であるかどうか、言い替えると「真意による合意」であるかどうかを判断し、合意自体を認めないことがある点です。
最近の裁判例(グローバルサイエンス事件、大阪地裁令和 3.9.9 判決)に、酷似する事案があります。これによると、退職勧奨を受けて本人が賃金減額(29 万⇒ 18 万)で良いので働かせて欲しいと申し出たものですが、裁判所は賃金減額の合意を無効としています。貴社のケースも、後日訴訟になれば、賃金減額が認められない可能性が高いと考えられます。

【対応方法】
対応方法を考えてみます。原則に立ち帰り、退職勧奨への合意の条件として、月 25万円で再雇用するという提案が考えられます。単に賃金減額した場合と実質的には変わらないのですが、いったん退職し、改めて再雇用するという手続が加わります。
この方法でも、訴訟になった場合に認められるとは限りません。争点が賃金減額合意の問題ではなく、退職勧奨合意の有効性の問題となります。退職勧奨においては、金銭支払い等の条件により合意するケースが多いといえます。この方法は、合意の条件を再雇用とするものです。客観的に、本人に合意するメリットが見当たらないことが、合意の有効性を否定する材料になると考えられます。かといって、退職勧奨の合意が得られず、25 万円で雇用継続することが結論であれば、単に賃金減額するより少しだけ良いかもしれません。もっとも、本人が能力を自覚していますし、賃金にも納得して今後継続勤務していくことで、紛争にならない可能性も高いと思われます。

回答者  特定社会保険労務士 安藤 政明

人事労務全般、就業規則・諸規程、監督署調査、労働紛争、社会保険、労災、給与計算、契約書
安藤社会保険労務士事務所
特定社会保険労務士・行政書士・一級FP技能士/CFP 安藤 政明
特定社会保険労務士・第二種衛生管理者 箭川 亜紀子
810-0041福岡市中央区大名2-10-3-シャンボール大名C1001
TEL 092-738-0808/FAX 092-738-0888/
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