熊本・大分にて、被災されている方々は、大変な思いをされていることと思います。心よりお見舞い申し上げるとともに、心身のご無事をお祈りしております。
さて、今回はM&Aについて、お話しをしたいと思います。
経営統合、合併、買収といろいろな言葉で言われます。事業拡大に向けて、積極的に企業を買収していくケースもあれば、企業の生き残り戦略として、経営を統合し、そのシナジー(相乗効果)を活かして、企業競争力を高めるケースもあります。あるいは、経営危機の企業に対し、スポンサー企業として、事業投資を行うケースもあります。
プレスリリースまでしたM&Aでも、シャープや東芝・ソニーなど、なかなか結論に至らない、あるいは、交渉決裂となる場合も多々あります。
M&Aの交渉や契約は、一般的に、どのような経緯をたどるのでしょうか。
まず、当時者又は仲介者からM&Aの話が持ち込まれます。社内で、入手可能な情報を用いて、話を進めるかどうかを判断します。必要があれば、「守秘義務契約」を締結し、当事者企業間でのより深い情報交換をするでしょう。統合の目的や方向性が一致すれば、「基本合意書」を締結し、M&Aに向けての具体的な方法やスケジュールを決めていきます。我々は、概ねこの段階あたりから、財務デューデリジェンスや統合スキームの検討といった分野で関わらせて頂いています。そこで、当事者企業の条件が整えば、「本契約」となり、本契約に従って、M&Aが実行されることになります。
基本的な3つの契約を書きましたが、そのいずれにも共通する契約があります。それは、「信義則(信義誠実の原則)」というものです(民法第1条第2条)。必ずしも契約書類に明文化されている訳ではありませんが、例えば、「本契約に規定のない事項については、甲乙は、信義則に従い、誠意をもって協議の上、解決する。」などと書かれています。大まかにいうと、「言ったことを守る」、「法律を守る」といった内容が含まれます。
一方で、M&Aは、売り手と買い手の取引ですので、当然、両者の利害は一致しません。また、取引対象が事業ですので、一見して中身がわかるものではなく、評価も当事者で一致するものではありません。また、取引の対象事業者である売り手の方が明らかに多くの情報を持っているわけです。
また、リスク情報を開示すれば、企業の価値は下がる可能性が高くなります。従って、売り手企業は、取引が実行されるまで、リスク情報を伏せるという誘因が生じます。
大企業同士のM&Aであれば、当事者企業でも、多くの人数が関わることになりますし、専門家の調査も、大掛かりなものとなるでしょう。従って、リスク情報は、本契約に至る前に、ある程度開示され、整理されてゆくように思います。それでも、本契約直前に、偶発債務を開示され、本契約が遅れ、買収価格も変更されたような報道もなされていますね。
問題は、中小企業です。中小企業の場合は、日常業務の用を外してM&Aの業務に専念させるような人的リソースがない場合が多いと思います。そうしますと、ある程度の交渉は、経営者自身あるいは管理部門の責任者が行うことになります。専門家が着くとしても、顧問税理士や普段お世話になっている司法書士というようなことで、M&Aに特化している専門家を雇うことは、稀な気がします。
最も利害に敏感な方同士が直接交渉に当たり、専門家は、立場的にも交渉内容までには踏み込まないといったことです。リスク情報に関する話だと、「労働問題で訴えられそうな雰囲気はあるけど、先になってみないとわからない話だし、取引が成立すれば後は向こうの責任だ。」とか「本社の土地には、私の個人事業の抵当が付いてるが、どうせ商売で使うんだし、先方にもたいした影響はないだろう。」とか、安易な気持ちが介在しがちです。
これに対して、専門家も直接財務調査をするようなことがなければ、発見されないままことが進んでゆく可能性があります。
リスク情報をどのタイミングかでも、どのタイミングで開示するかも、大切な要素です。守秘義務契約の段階なのか、基本合意の段階なのか、本契約後なのか。後になれば、後になるほど、問題を解消することが困難になってゆきます。特に、本契約後のリスク情報の発覚は、私ではなく弁護士の分野となる可能性が高いと思います。
ここで重要になってくるのが、「信義則」です。言ったことを守る、法律(契約)を守るの姿勢です。もちろん、高く売れた方がよいし、安く買えた方がよい。触れたくないものには触れたくないものですが、M&Aは、事業のやり取りです。そこには、お客様、お取引先、従業員など、多くの方々がいることを経営者は、強く自覚しなければなりません。
回答者 公認会計士 松尾 拓也
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