前回、M&Aのお話しをさせて頂いたので、引続きM&Aに関係するようなお話しを続けたいと思います。
(取得企業の評価と会計方針)
これまでも触れてきましたが、企業を買収するに当たって、デューデリジェンスの手続や企業価値の算定手続を実施し、取得企業の財務リスクを評価したり、買収価格の交渉を行ったりします。
調査担当者の実務経験や与えられた業務日数などにもよるとは思いますが、財務デューデリジェンスを実施する際に、取得企業の「会計方針」を明記していないレポートを見ることがあります。あくまで、財務デューデリジェンスの手続の内容は、契約当事者が合意して決めることですので、会計方針の調査手続を含めなくても、それ自体が問題となるものではありません。
しかしながら、同じ企業活動であっても、その企業が採用する会計方針の違いにより、決算書に示される経営成績や財政状態は異なってきます。
特に、中小企業の場合は、上場企業とは異なり、適用する会計基準自体がまちまちで、中には、会計基準に準拠していないケースも十分考えられます。
また、会計方針の特質として、ひとつの取引に対して、一般に公正妥当と認められる会計方針が複数存在するということです。
例として、固定資産の減価償却費を挙げてみましょう。
<定額法> 毎期、一定額を減価償却する方法
減価償却費は、毎期定額
<定率法> 毎期、期首帳簿価額の一定割合を減価償却する方法
固定資産の取得当初は減価償却費が多く、先の年度は少額となってゆく
<1億円の資産を10年で償却する各年の減価償却費は?>
年 次 定 額 法 定 率 法
1年目 1,000万円 2,000万円
8年目 1,000万円 419万円
定額法、定率法ともに適正な会計方針ですが、どちらを採用するかによって、減価償却費の額が大幅に異なることがわかります。
企業が儲かっているかどうかを判断するに当たって、「利益」は、重要な指標として扱われます。しかし、その利益を計算するための方針を理解していないと、正確な判断ができないということです。
(買収後の経営管理と会計方針)
もう一点、大切な側面があります。
企業を買収したあと、取得企業を自社と同様に業績を評価しなければなりません。自己資本と借入金のバランスも自社と同様に管理し、自社本体の資金調達に悪影響が及ばないようにしなければなりません。
ここでも、会計方針が重要なファクターとなってきます。
実際の事例を紹介します。
A社から買収提案があり、入手した3ヶ年の決算書を並べてみました。確かに、事業形態や従業員数と比較して、売り上げ効率も高く、売上総利益も営業利益率も高く、純資産も数千万円あり、良さそうな企業でした。
早速デューデリジェンスを実施し、会計方針の確認していきました。
検出事項は、以下の通りでした。
@ 棚卸資産の評価方法が滞留品も含め原価法で処理されていました。滞留品の時価は、原価の50%で、含み損が2,000万円ありました。
A 退職給付引当金3,000万円、役員退職慰労引当金1億円が計上されていませんでした。税法上は、引当金は認められていないので計上していないとのこと。
B 損益の区分について、仕入リベート(受取仕入割戻)を売上高に含めて計上していました。本来は、売上原価の控除項目です。
以上の結果、適正な会計方針に修正をすると、売上高は7%減(上記BC)、売上総利益は同業平均の半分以下、営業利益はほぼ0円、純資産は8,000万円の債務超過となりました。
いずれの検出事項も、税務申告をする上では、問題とされない会計処理のため、A社の社長は、特に悪びれることもなく、会社は儲かっているのだと役員報酬や交際費をたくさん使っていたのです。
買い手企業は、状況を説明し、役員退職金を放棄することを条件に2,000万円で会社を取得し、直ちに、単価設定の見直しと経費の見直しに着手しました。
このように会計方針を整理することで、実態の業績を把握し、買収価格の交渉だけでなく、買収後の経営に役立てた事例です。
回答者 公認会計士 松尾 拓也
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