事業承継は、即座に対処できることではなく、事前に課題把握(見える化)、事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)などの時間を要することについて触れてきました。実際の事業承継を具体化するに当たっては、親族・従業員へ承継するケース(親族内承継)とM&Aにより外部へ承継するケース(社外引継ぎ)によって、検討すべき論点が変わります。今回からは、親族内承継について記述していきます。
1.親族内承継における課題と対応策
親族内承継について、人(経営)、資産、知的資産の三要素を中心に課題・対策をする必要があります。
(1)人(経営)の承継
後継者の選定は事業承継に向けた第一歩であり、事業承継の成否を決する重要な取組となります。単純に、親族や幹部従業員を指名して代表者を交代すればよいという訳にはいきません。
ガイドラインでは、以下の項目について論点整理が行われております。
@ 後継者の選定・育成
後継者候補との対話と後継者教育が重要とされています。私の実務上も経験がありますが、後継者候補として位置付けられている方に、経営能力がまだ備わっていないケースが多く、事業承継までに、後継者の経営能力をどのレベルまで引き上げておくかを計画する必要があると思います。経営理念・方針、販売、人事、財務、購買、プロモーション、情報と経営者が担うべきカテゴリーを洩れなく後継者が責任をもって遂行してもらわなければいけません。
A 親族等との調整
中小企業にとって、後継者を誰にするかという問題は、経営者の親族にとっても強い関心事です。株式が親族内で分散していれば、株主たる親族としての関心であり、経営者の推定相続人にとっては、自身が将来的にどのような財産を相続するかという関心でもあります。具体的に、株式の所有割合や役員人事は、経営を直接左右する事項であり、事前に、親族内でのコンセンサスをしっかりと取っておくことが円滑な事業承継には欠かせません。
また、実際にはすべての親族の同意を得られないケースもあり、その場合は、反対する親族に対して、どのような対処をすべきかを個々の状況に合せて検討を進めることとなります。
B 従業員・取引先・金融機関との事前協議
従業員、取引先、金融機関など、企業を取り巻く利害関係者にとっても、経営者の交代は、重要な関心事です。特に、中小企業は、社長の信用そのものが事業基盤となっていることが多く、経営者の交代が、従業員の離反を引き起こしたり、取引先や金融機関との契約条件の変更をもたらしたりすることがあり得ます。
したがって、事業承継の計画やその後の事業計画などを利害関係者にも事前に周知しておくことが重要となります。具体的には、事業承継の前後の期間に渡り、承継前に後継者を副社長や専務とし周知期間を設ける。あるいは、社長が退任後も会長として残り信用を補完することが考えられます。また、対金融機関に対しては、事業承継に関わる資金対策や経営者の連帯保証など実務的な関わりが生ずるため、協力者として携わってもらえるよう適切なコミュニケーションを図ることが重要です。
C 経営の承継の実行
後継者の確保・育成や関係者との調整を経て、実際に事業を後継者に承継する段階を迎えます。会社であれば、代表者の変更や株式の移転など会社法上の手続を踏むことになります。また、株式の移転に際しては、贈与や譲渡の形を取りますので、贈与税や所得税も発生することになります。
経営権を問題なく渡すには、まず後継者が憂いなく経営に専念できるだけの株式を渡すことが必要です。具体的に、議決権の3分の2以上の株式を実質的に後継者が保有できるよう対処することが重要です。特に、反対株主が大きな議決権を持たないよう慎重に配慮することが肝要です。次に、取締役の構成に万全を期す必要があります。取締役会がある会社では、少なくとも取締役の過半数を後継者側の人材で構成しておく必要があります。そうしなければ、後継者が重要な経営上の意思決定をできないという状況に陥ります。
法律的な地位の確保、納税資金対策など、専門的な検討が必要となりますので、これについても、事前に、弁護士や税理士など専門家に関与してもらい、不慮の事項が生じないよう対策を練っておくことが大切かと思います。
回答者 公認会計士 松尾 拓也
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