事業承継を円滑に行う上で、計画当初から念頭に置くべき論点があります。経営者(後継者)にとって必ず必要となるものは、事業に欠かせない資産と担わなければならない義務(債務)です。
事業に欠かせない資産は、会社の株式と事業用の資産です。株式を経営者自身あるいは協力株主で保有しておかなければ、経営者としての地位が安定しません。また、事業場の不動産や知的財産権など、これも第三者に渡ってしまっては経営が立ち行きません。親族内承継の場面では、相続が生じた場合に、何も対策を打たなければ法定相続分等に従って、強制的に権利が移転してしまいます。親族が、後継者の経営に必ずしも協力してくれるとは限らないのが現実です。事前に対策が必要です。
そして、後継者が担わなければならない義務(債務)の代表的なものは、会社の借入金の連帯保証です。また、企業によっては、経営者の自宅などの個人資産が会社の借入金の担保となっていることもあります。現経営者は、個人に降りかかる甚大なリスクを抱えて経営をしてきたわけですから、後継者も、その義務も含めて引継ぐ心構えを持つことが基本的な発想としては、求められることだと思います。一方、後継者として、リスクをどのように軽減するのかということも、次の経営者として視点をもっておくべきです。
株式・事業用資産の分散防止
具体的な事例として、以下のようなものが考えられます。
・会社の株式が、相続財産の大きな部分を占める場合
・現経営者個人が、本社の土地を所有している場合
対策としては、(1)生前贈与、(2)遺言書の作成が考えられます。
(1)生前贈与
生前贈与は、株式や資産の権利の移転を確実に行える方法であり、有効な方法と言えます。もちろん、贈与税がかかりますので、暦年課税制度と相続時精算課税制度の選択や事業承継税制の活用など税務対策も行った上で、計画的に実施することが大切です。
(2)遺言書の作成
先代経営者が遺言書で、承継させる資産を明確にすることで、相続争いや遺産分割協議を回避し、後継者に株式や事業用資産を集中させることができます。遺言書には、いくつかの形式がありますが、内容や開封の仕方によって無効とされる場合がありますので、一般的には、公正証書遺言の作成が確実といわれています。また、遺言書は、先代経営者が作成し、かつ、先代が亡くなられた後に全容が判明する事柄になります。後継者側からの提案は、現実的にはなかなか難しいものがあるように感じます。
(3)留意点
生前贈与や遺言書の対策を検討する際の留意点を2点述べます。
@遺留分
民法上、遺族の生活の安定や最低限度の相続人間の平等を確保するために、相続人(兄弟姉妹及びその子を除く。) に最低限の相続の権利が保障されています(遺留分といいます)。具体的には、法定相続分の2分の1を保証するというものです。生前贈与等の事前対策を行ったとしても、相続発生後に後継者以外の相続人が、株式を承継した後継者に対し、遺留分の請求を行う可能性があります(遺留分減殺請求といいます)。後継者にとって、多額の資金負担や株式の分散のリスクが生じます。
対策として、経営承継円滑化法に基づく遺留分に関する民法の特例を活用することで、一定の要件のもと、先代経営者から後継者に贈与等された非上場株式について、遺留分の対象から外したり、株式の価格を一定時点の時価に固定させたりすることが可能です。
A株式の所有割合
株式は、会社の経営権を支配する権利です。株式の所有割合(議決権割合)が十分に確保できていなければ、安定した経営はできません。会社の意思決定を問題なく進めるには、少なくとも後継者及び後継者の協力株主で、会社の議決権の3分の2以上を保有しておくべきです。また、保有する議決権の割合が50%以下であれば、社長を解任されるリスクさえ生ずることになります。
仮に、議決権の3分の2は確保できたが、反対親族が残っている場合は、第三者割当増資等の方法によって、反対親族の株式を薄めるような対策が可能です。一方、反対親族に3分の1を確保されてしまった場合は、後継者のみの判断による増資対応などが困難となるため、反対親族とも協議を持ちながら双方の合意ができる範囲で資本政策を進めていくこととなります。
連帯保証のお話しは、また次回といたします。
回答者 公認会計士 松尾 拓也
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